大江健三郎の嫁(妻)のゆかりは伊丹十三の妹?馴れ初めは?

大江健三郎さんのお嫁さん(妻)はゆかりさんで、1960年2月に結婚をされています。

そして、お嫁さん(妻)は伊丹十三さんの妹で父親は映画監督の伊丹万作さんになります。

さらに、お嫁さん(妻)とは伊丹十三さんが松山東高校時代にお寺の離れで暮らしてる所に友達だった大江健三郎さんさんが行った時に出会っています。

その時に、大江健三郎さんは「この人と結婚するんだ」と思ったそうです。

当記事では、大江健三郎さんのお嫁さん(妻)について書きました。

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目次

大江健三郎の嫁(妻)のゆかりは伊丹十三の妹?

引用:https://www.47news.jp/5861880.html

大江健三郎さんは、1960年2月に結婚されています。

お嫁さん(妻)はゆかりさんで、松山東高校時代から友人の伊丹十三さんの妹さんになります。

お嫁さん(妻)のゆかりさんは伊丹十三さんが2歳の時に生まれてるそうです。

大江健三郎さんは、お嫁さん(妻)と1960年2月18日に東京・日比谷の日活国際会館で結婚式をされています。

そして、お嫁さん(妻)とは東京・成城町の下宿で新婚生活をスタートされたそうです。

大江健三郎の嫁(妻)の職業は?

お嫁さん(妻)は、大江健三郎さんの作品「恢復する家族」「自分の木の下で」「ゆるやかな絆」などの挿絵を担当されています。

なので、お嫁さん(妻)は絵を描く事を仕事にされてる可能性がありますね。

大江健三郎の嫁(妻)の家系図が凄い!

大江健三郎さんのお嫁さん(妻)ですが

  • 父親は映画監督の伊丹万作さん
  • 兄は伊丹十三さん
  • 甥は俳優の池内万作さん
  • 義理の姉が宮本信子さん

となり、かなり凄いです。

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大江健三郎と嫁(妻)との馴れ初めは?

「やぶさか対談」にて、大江健三郎さんのお嫁さん(妻)について書かれています。

伊丹十三さんがお寺の離れで暮らしてる所に大江健三郎さんが行った時に、お嫁さん(妻)が七輪でご飯を炊いてて、伊丹十三さんが言ってた理想の女性の「眉が濃くて間に産毛がある」と言う部分が一致し、大江健三郎さんは「あ、この人と結婚する」と思ったそうです。

さらに、お嫁さん(妻)と結婚して40年近く経っても、お嫁さん(妻)のする事なす事全部大江健三郎さんが一番いいと思うように振舞うそうで、大江健三郎さんは

(伊丹十三さんがゆかりさんに)ものすごく刷り込んでおいたんじゃないかな(笑)。

とコメントされています。

伊丹が、女性は見たところ色黒い感じのほうがいい、本質的な美人は色黒だって。それから眉が濃くて、理想的に言えば二つの眉が繋がっているぐらいがいいと。(中略)そして、伊丹がお寺の離れで暮らしている所に行ったら、彼の妹が七輪でご飯をたいていた。眉が濃くて間に産毛がある。僕は、「あ、この人と結婚したい」と思ったんです。(中略)伊丹は、意識しないで、妹が僕の女房になるように刷り込んだんじゃないですか(笑)。結婚してから四十年近く経っても、彼女はすることなすこと全部、僕がいちばんいいと思うように振舞うから、ものすごく刷り込んでおいたんじゃないかな(笑)。

嫁(妻)とは高校時代に出会う?

伊丹十三さんは1950年に愛媛県松山市小坂町の寺院・多聞院の一室に移り、母親と妹との同居を開始されてて、1950年4月14日に1学年遅れ愛媛県立松山東高校に転入しています。

そして、1951年に2年時から松山東高校に転入した大江健三郎さんと友達になりました。

その後、大江健三郎さんは1953年に上京・伊丹十三さんは1954年に上京されてる事を考えると、太田健三郎さんが松山東に在籍してた1951年~1953年頃に出会ってる可能性があります。

引用:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%81%A5%E4%B8%89%E9%83%8E

大江健三郎は伊丹十三に女性の扱い方を習ってた?

大江健三郎さんは伊丹十三さんに女性の扱い方を教えて貰ってたそうです。

そして、お嫁さん(妻)とヨーロッパのホテルに行った時にそれを実践されたそうです。

伊丹はやはり若い頃に、女性を抱きしめるときは尾骶骨から上に一、二、三番目の関節を押さえれば、それが最も理想的な抱きしめ方だって教えてくれたんですよ。(中略)僕は、それをずーっと覚えていた。結婚しても、そうそう立って向かい合って抱きしめるという機会はね、僕ら古い日本人にはないんですよ。それがヨーロッパのホテルにいた時、スイートの小さな部屋に入っていたんですね。かなりロマンチックでしょ(笑)。それで、この機会だと思って、僕は彼女を抱きしめることにしたんです。(中略)右腕で彼女の肩をつかまえて、左手の小指で尾骶骨を探った。そして、心の中で「一、二」って数えて、三番目の関節を押さえようとした瞬間、彼女が「三!」って言った(笑)。

引用:https://search.yahoo.co.jp/amp/s/alm-ore.com/blog/archives/2012/02/93a8ec78.html/amp%3Fusqp%3Dmq331AQGsAEggAID

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大江健三郎の嫁(妻)は英語を話せる?

1994年12月にストックホルムのスウェーデンアカデミーで講演を行った際に、大江健三郎さんはお嫁さん(妻)に対し、英語の発音などをチェックされています。

なので、もしかしたらお嫁さん(妻)は英語を話す事ができるのかも?しれませんね。

ノーベル賞記念講演の原稿を見ながら、ゆかり夫人を相手に英語の発音などをチェックする大江健三郎氏。大江さんは「あいまいな日本の私」と題してストックホルムのスウェーデンアカデミーで講演を行った=1994年12月7日、スウェーデン・ストックホルム

引用:https://webronza.asahi.com/photo/photo.html?photo=/S2010/upload/2021040200008_3.jpg

大江健三郎の嫁(妻)の年齢や現在は?

2017年8月10日の「女性自身」にて、お嫁さん(妻)に連れられて大江健三郎さんが病院に行ってる事が書かれています。

そして、お嫁さん(妻)は2017年8月時点81歳な事が紹介されています。

なので、お嫁さん(妻)は86歳くらいの可能性がありますね。

7月下旬の朝、都内にある大江健三郎氏(82)の自宅前には一台のタクシーが止まっていた。妻・ゆかりさん(81)と同伴女性に連れられて、車の中へと乗り込んだ大江氏。そのまま15分ほどタクシーを走らせた。向かった先は、都内の大学附属病院だった――。

「大江さんは『晩年の仕事をどう完結させるのか』と葛藤を抱え続けており、近年は『もう書けないかもしれない』と悩んでいたそうです。大江さんはもともと外に出てストレスを発散させるようなタイプではありません。最近は自宅で好きな日本酒やビールを1人で飲む時間が多くなり、奥様も大江さんの身体を心配しているみたいです」(大江氏の知人)

本誌が目撃したこの日、約1時間後に施設から出てきた大江氏たちは会計窓口へ。同伴女性が対応している間、大江氏はゆかり夫人とあまり会話もせず座ったままうつむいている。そして再びタクシーに乗り込むと、自宅へと戻っていった――。

――お酒の量が増えていて、奥様もご心配されているとお聞きしましたが……。

お酒もあまり飲みません。(妻も)心配しておりません。私たちは健全です

引用:https://search.yahoo.co.jp/amp/s/jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1614089/amp/%3Fusqp%3Dmq331AQGsAEggAID

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